2009年11月29日日曜日

沈黙に聞き入る能力



ユリイカ 現代詩の実験 1979年11月号から
P34

吉岡 実 円筒の内側


    「言語というものが固体
    粒であると同じに波動である」

    大岡 信


1
「石や木とじかに結びついている」
子供の頃
狩野川のほとりで
ハヤ・マルタ・フナを釣り
ぼくは猿股をぬらす
日の暮つ方
ぬるぬるとしている
硬骨魚
絵はついに捕え
「存在としての自然ではなく
成長としての
自然」
そのものを知った


2
「子供は強引に成長する」
木の芽時
香實山を見れば
「とびかかって来る
緑」
ぼくは間もなく
アデノイドの手術を受けるんだ
むっとする闇のかなた
「そこに巨大な女が横たわっている
ことを想像せよ」


3
「円筒の中は静まりかえり」
猫は死にゆき
鯉も死にゆき
いずれにしても淋しい秋だ
もしかしたら
人も死んでゆく
「葡萄の房
みたいなかたち」


4
露もしとどに
裏山を越え
妹がつづらおりの径を降りてくる
「涙を浮かべない眼で
物事を見よ」
言語がはらむ
観念の内容をつきとめよ
「処女凌辱」
この文字は美しい
しかし顔をそむけよ 弟
「夢と現実の
隙間」
に潜在する
「ツクネイモ山水」
そのはるか上に懸る
「冴え冴えとした
月」
ぼくが老人だったらこのようにつぶやく
「言葉の方からのみ
人生を眺めると人生は
煙のごとし」


5
「生物と鉱物の両方が騒がしく
わき立っている
地表」
そこでの生活はつらい
「尋常の食物では
彼らを養うことは出来ない」
ぼくのはらからは
ひたすら思考し
「沈黙に聞き入る能力」
をたくわえる
頭部は巻貝のような人たちだ
「冷えすぎたハム」
この興ざめたものを嚥下す
それゆえに
「からだのなかにつねに
フォルム感覚が見えない形で
生み出される」
そのまわりに散乱する
糸屑や卵子
(言葉)
もろもろの具象を
箒やはたきをかけて
舞あがらせる
発止!
ワラ半紙一枚の聖域


6
「壁を通して
青空が見える家」
からぼくは旅に出る
桜並木の長い道がつきたところで
(点滅信号)を仰ぐ
某所から
「氷河が溶解し
世界の洪水がはじまる」



1979.10.9

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